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東京高等裁判所 昭和53年(ラ)36号 決定 1978年7月27日

抗告人 小森雅則

相手方 小森節子

主文

原審判を次のとおり変更する。

抗告人は、相手方に対し金一三四万八、〇六〇円を支払え。

抗告人は、相手方に対し昭和五三年七月一日から同居または離婚に至るまで一ヵ月金一万七、五五五円の割合による金員を毎月末日限り支払え。

理由

本件抗告の趣旨は、「原審判を取消す。」旨の裁判を求めるというのであつて、その理由は、別紙記載のとおりであり、これに対する当裁判所の判断は、次のとおりである。

一  相手方の別居に正当な理由がないとの主張について。

本件記録、特に家庭裁判所調査官作成の調査報告書及び当裁判所の事実調査の結果によると、抗告人は○○医をしている小森正則の二男として出生し、○○大学医学部を卒業して医師国家試験に合格し、現に○○大学医学部附属病院及び習志野市内の○○病院に勤務する医師であり、相手方は○○会社に勤務する平川新治の長女として出生し、○○大学教育学部を卒業後小学校の教論として勤務していたけれども、これを退職して一時無職であつたが、昭和五二年一月一日から千葉県の臨時教員となり同年九月一日同県の教員として採用され、現在千葉県市川市立○○小学校に勤務していること、右両名は同四八年一〇月一六日挙式のうえ抗告人の肩書住居地の公団分譲住宅において結婚生活に入り、翌四九年四月二日婚姻の届出をした夫婦であつて、二人の間には同年九月九日長女紀子が出生したこと、勝気で稍々感情の起伏の激しい性向を有する相手方と、几帳面ではあるが内気で訥弁な抗告人とは、生活感情の面においても食い違い、結婚当初から心よりうちとけ合うこともなく、些細なことで口論が絶えなかつたが、同四九年八月出産を控えた相手方が実家の平川新治方に身を寄せるに至つたところ、その際における抗告人の言動、間もなく出産した長女紀子の命名、届出等に関した些細な問題や、その間における相手方の父新治らの言動が感情を刺戟して非難し合い、そのようなことが積重なつて互に感情が離反し、相手方は、父新治及び妹の援助を受けるなどして長女紀子とともに、東京都江戸川区○○○×丁目××番××号○○○荘、次いで同区○○○×丁目×番××号○○○荘の一室を借り受けて抗告人と別居し、現在に及んだが、同五三年五月三一日まで抗告人から婚姻費用として合計金八〇万円の支払いを受けたこと、その間抗告人は同五〇年五月一四日千葉家庭裁判所市川出張所に対し相手方との夫婦関係調整の調停を申し立てた(同庁昭和五〇年家(イ)第七〇号事件)が、同五一年一一月一六日本件の調停事件が不成立になるとともに右申立を取り下げたこと、相手方は長女紀子の幸福のためにも、抗告人が改悛して相手方との同居生活を再開するまで別居生活を続けるとし、抗告人は相手方との婚姻生活に希望を失い、離婚もやむを得ないと考えている事実を認めることができる。このように、抗告人と相手方の夫婦関係は破綻するに至つたが、その原因については、相手方の感情的で頑な言動が一因をなしていたことは否定できないとしても、抗告人が相手方との話し合いを十分にすることなく、相手方や長女紀子に対する思いやり、相手方と協力して潤いのある家庭を築こうとする努力に欠けていたことも見逃すことができない点であるから、その責任は双方にあり、少なくとも相手方に全部、または一方的に責任があるということはできない。

そうすると、相手方が抗告人と別居するについて正当な理由がないということはできないから、この点に関する抗告人の主張は理由がない。

二  原審判が抗告人に対し本件申立前である昭和四九年九月からの婚姻費用の分担を命じたのは不当であるとの主張について。

本件記録によれば、相手方は昭和五〇年一二月五日抗告人を相手方として千葉家庭裁判所に対し「抗告人は相手方及び長女の生活費及び養育料として毎月相当額を支払う。抗告人は相手方及び長女の養育料として昭和四九年九月から本申立時までの相当の金員を支払う。」との審判を求める旨の本件申立をし、原審判がその合目的的な見地から抗告人に対し、昭和四九年九月からの婚姻費用の分担を命じたのであるから、分担を命ぜられた婚姻費用が本件の申立以前、すなわち過去の分を含むからといつて、そのため原審判を不当とすべきいわれはなく、また、相手方が抗告人と別居以来再就職に至るまでその父平川新治及び妹の援助によつて生活していることは、前述のとおりであつて、その間抗告人の送金した金員が右生活費に及ばないこと、しかも昭和五〇年七月ころ相手方は代理人○○弁護士を通じて抗告人に対し過去における婚姻費用の清算を申し出て交渉した事実は、本件記録上明らかであるから、過去における婚姻費用の不足分の請求を受けるであろうことは抗告人の当然予想し得たところであり、従つて、原審判が抗告人に対し本件申立以前に遡り、過去の婚姻費用の支払いを命じたからといつて不意打であるということもできない。

抗告人の右主張も採用できない。

三  審尋期日を開いて当事者を審尋せずにした原審の審理方法は不当であるとの主張について。

ところで、家事審判においては職権探知主義が採用され、家庭裁判所は職権で事実の調査及び必要と認める証拠調をしなければならず(家事審判規則第七条)右の事実の調査については、家庭裁判所調査官にこれを行なわせることもできる(同規則第七条の二)が、当事者に事実の調査ないし証拠調に関する申立権は認められていないのである。そして、本件記録によると、原審の家事審判官は昭和五一年一一月家庭裁判所調査官○○○に対し本件の包括調査を命じ、同調査官は抗告人と屡々電話連絡をとつたうえ、同五二年三月四日千葉家庭裁判所市川出張所、次いで同年八月一〇日千葉家庭裁判所において抗告人と面接して事実の調査をし、その際抗告人の意見も徴し、同年一二月八日その結果を原審の家事審判官に報告した事実を認めることができるから、抗告人の要請にも拘わらず、原審の家事審判官が職権を発動して審判期日を開き直接抗告人らの陳述を徴しなかつたとしても、その措置を目して違法、不当なものということはできないから、右主張も、また採用の限りではない。

四  別居原因が相手方の責によること大である本件の婚姻費用の算定については、いわゆる労研方式を採用すべきでないとの主張について

抗告人と相手方の別居原因につき、相手方に全部または一方的に責任があるといえないことは、前示のとおりである。そして、婚姻費用の算定については、生活保護基準による方法、いわゆる労研方式及び家計調査結果による方法等が存するが、家庭裁判所調査官の報告書によると、生活保護基準による方法で算定した抗告人の負担すべき婚姻費用は、昭和四九年一〇月から同五二年一二月三一日までの分についてはその間抗告人の送金した金六八万円を控除して金二九三万四、〇〇〇円、同五三年一月一日以降の分は一ヵ月金八万円というのであるが、本件においては、抗告人の収入に比して些か当を得ないものと考えられ、また、家計調査結果による方法を斟酌してみても、原審の採用した労研方式が不当のものであるとは認められない。従つて、抗告人の右主張も失当である。

五  相手方の収入を認めず、かつ、抗告人の収入の算定については誤りがあるとの主張について。

そこで、本件記録及び当裁判所の事実調査の結果によると、抗告人は昭和五二年七月から○○病院における夜間宿直勤務が週一回に減じた結果、その収入も減少したこと、そのため抗告人の昭和五二年中における収入は○○大学から金一三五万〇、〇六〇円、○○病院から金一三〇万八、一八九円合計金二六五万八、二四九円であつたこと、他方、相手方も同年一月一日から千葉県の臨時教員に、次いで同年九月一日正式に教員として採用され現に市川市立○○小学校に教諭として勤務し、同年中における収入は諸手当を含めて合計金一四四万三、三五五円であつた事実を認めることができる。

そうすると、婚姻費用の分担を命じた原審判には、抗告人及び相手方の収入の点につき誤認があつたものというべきであるから、本件抗告はこの点において理由がある。

六  進んで、婚姻費用の分担額について検討する。

(一)  当裁判所も、抗告人の負担すべき婚姻費用は、昭和四九年九月一日から同五〇年三月三一日まで一ヵ月金三万二、二七二円、同年四月一日から同年八月三一日まで一ヵ月金五万五、一〇二円、同年九月一日から同五一年三月三一日まで一ヵ月金五万七、六五八円、同年四月一日から同年一二月三一日まで一ヵ月金六万九、一六二円の各割合による金員を相当と認めるが、その理由は原審判の理由第三、三に説示するとおり(原審判七枚目裏一〇行目から一二枚目表九行目まで)であるから、右説示を引用する(但し、原審判八枚目表一行目の「申立人は無職のため無収入であるが、」を削る。)。

(二)  当裁判所の事実調査の結果及び千葉家庭裁判所に対する調査嘱託の結果によつて認められる昭和五二年中における抗告人及び相手方の月間純収入は、次のとおりである。

(イ)  抗告人

昭和五二年中における給与等の支給総額は金二六五万八、二四九円であるから、これより源泉所得税金一二万五、一八九円、地方税金二万九、一〇〇円、社会保険料金一一万九、六五二円、生命保険料金二万一、〇〇〇円を控除してこれを一二分し、さらにこれから職業費三割、住宅費金一万四、九六七円を控除した月間純収入は金一二万二、八九二円となる。

(ロ)  相手方

(a) 昭和五二年一月一日から同年八月三一日までの給与等の支給総額は金六四万〇、八六九円であるから、これより源泉所得税金一万四、八五四円を控除してこれを八分し、さらに職業費三割、住居費金二万七、〇〇〇円を控除して月間純収入を算出すると、金二万七、七七六円となる。

(b) 同年九月一日から同年一二月三一日までの給与、賞与等の支給総額は金八〇万二、四八六円であるから、これより源泉所得税金三万八、五四二円、社会保険料金三万八、五三二円、互助会費金三、〇〇〇円を控除してこれを四分し、さらにこれから職業費三割、住宅費金二万七、〇〇〇円を控除して月間純収入を算出すると、金九万九、四二二円となる。

(三)  消費生活単位

抗告人及び相手方がそれぞれ独立世帯を構成するものとして、各二〇を加算した消費生活単位は、次のとおりである。

抗告人 一二五

相手方 一一五

長女紀子 四〇

(四)  抗告人の負担すべき昭和五二年一月一日以降の婚姻費用

以上のとおり、相手方は、昭和五二年一月一日以降収入を有し、殊に同年九月一日以降は自己の生活費を賄うに足りる収入を有するに至つたので、長女紀子が必要とする生活費をそれぞれの月間純収入に応じて按分するなどして抗告人の負担すべき婚姻費用を算定すると、次のとおりである。

(1)  昭和五二年一月一日から同年八月三一日までは一ヵ月金五万五、六二九円宛

(27,776+122,892)×(115+40)/(125+115+40)-27,776 = 55,629(円)

(2)  同年九月一日以降一ヵ月金一万七、五五五円

(122,892+99,480)× 40/(125+115+40)× 122,892/(122,892+99,480) = 17,555

七  以上の次第であるから、抗告人は、相手方に対し婚姻費用の分担として別居後の昭和四九年九月一日から同五三年六月三〇日まで前示各割合による合計金二一四万八、〇六〇円から抗告人が同五三年五月三一日までに支払つた合計金八〇万円を控除した金一三四万八、〇六〇円を支払う義務があるほか、同五三年七月一日から同居または離婚に至るまで一ヵ月金一万七、五五五円の割合による金員を毎月末日限り支払う義務がある。よつて、本件抗告は一部理由があるから、これと結論を異にする原審判を右の限度において変更し、家事審判規則第一九条第二項を適用し、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 岡本元夫 裁判官 貞家克己 長久保武)

抗告理由書<省略>

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